ヴァージニア・ウルフ「オーランドー」を再読中。
この本、ずいぶん前に何度か読んでいるはずなんだけれど、ひどく毎回印象が違う。
16世紀の貴族の青年オーランドーが、時代を超えてウルフの生きる時代(1927年)まで性も時間も超えながら転生?してゆく物語。
時代背景は主人公の生きる時代によってめまぐるしく変化し、読者はそれについていくので精一杯という印象はある。
けれど、なにより私が今回気になったのが、全く主題とは無関係な部分。
ウルフの描く16世紀の黒人の扱い。最初の一節で、オーランドーは黒人の生首を吊り下げて敵に見立て、剣の稽古をしている。
これだけで今の私は「うっ」となってしまう。
間違いなく繰り返し読んでいるはずの一冊。
毎回印象が著しく違うのは、私が変化しているせいだろう。。
ふと思い出したのは、「ウォーターメロン・ウーマン」という映画。
黒人で女性でレズビアンというトリプルマイノリティな立場にあるシェリル・デュニエが監督をしている作品。
主人公(シェリル自身が主演)が大学の授業の研究材料を探しているときに、ハリウッド全盛期の映画界で端役をしていたある黒人女優に興味を抱く。彼女の周辺を調べてゆくうちに、彼女は当時人気のあった女優で(しかし黒人ゆえに主演は張れなかった)、しかもレズビアンであったと知り、シェリルは彼女に自分自身を重ねてゆく。。。
この映画を見たときに私が感じたのは、ビアンコミュニティをストレートに描いた映画であることの快感や、ごく真面目な普通のレズビアンであるシェリルへの好感。そして黒人女性の美しさへの感動と、アメリカでの人種差別の根強さ。。。というようなわりと表面的な部分に近い感想。
「オーランドー」を読みながら思い浮かべた「ウォーターメロン・ウーマン」はそれとは違った思い出し方だった。
シェリルが感じていたはずの人種差別への焦燥感や怒りなどがよりリアルに身に迫って感じられた。。当時は「黒人差別は根絶すべき」と、頭の中で、あるいは教室の中で考えていたことが、はっきりと自分の問題として浮かび上がってきている。
「私は差別を受けている」
その事実が、以前「オーランドー」を読んだときより、「ウォーターメロンウーマン」を見たときとは違って、自分自身に突きつけられていると感じるからかもしれない。
奴隷という歴史を背負った黒人の差別、さらに女性であることの社会的立場の弱さに加えて、「同性愛者」であるというシェリルのこれでもかというほど羽交い絞めの立場が、私につきつける苦しみをまざまざと感じさせる。他人事ではない。マジで。
「オーランドー」の中、16世紀の貴族の館で歯をむいて笑うことだけが特徴で、カソリックへの改宗を前提としてクリスチャンネームを与えられた黒人の召使。
自分のルーツがそんな存在でしかありえないと考えたとしたら、シェリルはきっと耐えられない。そう考えたからこそ、当時の人気女優であった黒人女優に自分のルーツを見出したかったにちがいない。
もしこのとき、シェリルがアフリカ文化を専攻していたら、彼女のアイドルは女優ではなかったかもしれないけれど。。誇りのもてるルーツ。それを求めるのは、人間として当然であると。。。今ならするりと自分の中に入ってくる。
「オーランドー」は繰り返し転生しても、決して黒人にはならない。性別は超えられても、身分は越えられても、人種は超えられないのだ。
このことが、ウルフの当時でさえ黒人問題は間違いなく人々の差別意識のアキレス腱だったことのひとつの証明とも思える。
5年前に何も感じなかったことを、感じ取ること。
主題とは全く無関係な部分で引っかかりを感じる不便さ。
そうは思いながらも、どうしたって感じてしまうものをどうにもできない。
自分自身の痛みを掘り起こすことは、他人の痛みの一部を「見る」ことなのかもしれない。。。と最近眉間の皺を深めているところ。
そう。「見る」だけであって、決して「感じる」ことはできない。
逆に言えば、自分の「感じる」痛みは、他人に「見てもらう」ことしかできない。
自身がゲイでありながら、レズビアンへの嫌悪感を隠そうとしなかった、E.M.フォースター。
フェミニズムをアメリカ文壇に広げた立役者であるウルフが、低い身分の女性の権利についてはあまり意に介しなかったのではという疑惑。
自らの痛みを礎に、他者の立場を完全に理解することは難しい。
最低いえるのは、一つ一つの痛みや苦しみは、せめてその隣にある痛み・苦しみを私に見せてくれる。
それっぽっちの収穫を得て、私は今日も自分の立場を笑い飛ばして、踏みにじろうとする相手の先手を取るしかないのよね。。
さて、今日もこの数年でほんのわずか研ぎ澄まされたアンテナを立てて、「オーランドー」を読みながらラッシュの人波にもまれようか。。
。。。。あれ、アンテナ折れたかも。。。
(「オーランドー」・国書刊行会・1992年10月刊)
orlando_antenna
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