同性婚を認めて欲しい、パートナーシップ法ならなおよろし。
そう思う気持ちがあれど、「同性婚」、これはなにか私にとっては違う。
それを痛感したのは、同性婚に関するあるコミュでの同性同士の結婚式についてのトピックを見ていて。
経験のある人(つまり、制度のある国のcitizenshipを獲得している人)はみな家族に認められることの喜び、式での感激を書いている。
でも、私はそれ(家族が大感激して大パーティになって大団円になること)そのものに対して、どうもアレルギーがあるのだ。
これは私が自分の家族に対して愛情を抱けないことが強く影響しているのかもしれない。でも、なにより私は
「結婚によって、家族制度の枠に取り入れられること」
を望んでいないらしい。今の法制度に従って同性婚が法化されるとしたら、当然それを利用した同性カップルは現行の戸籍制度の中に取り込まれることになる。でも、私は恋人といろいろなもの(思い出、財産含めて)を共有したいけれど、恋人の両親や兄弟姉妹とそれを共有なんてしたくないのだ。私は恋人の両親兄弟を嫌いではないし、なんらかの形で「法的に彼女に関する権利をもったパートナーである」ということを認めてもらいたいし、そういうふうに受け入れてもらいたい。私もまた、彼女ら彼らとたまに交流したりすることに抵抗はない。
しかし、しかし。
私はやっぱり恋人という個と私という個でつながること、そしてその関係性が社会的に力を得ることが一番大事と思う。それこそお披露目の式をするなら互いの両親も招くだろうと思うけれど、そういう中で
「やっぱり親は子が幸せになりさえすればなんでもいいのだ」
なんて親の愛を確認する目的だけは含みたくないのだ。
だって戸籍制度を、血を強化するための結びつきなんて金輪際ゴメンなんだもの。
どうも私の結婚願望は空気中に浮遊する原子と原子の結びつきみたいな感覚でしかないらしい。私が自分の家族大好きだったら違ったのかしらね。こんな私が今後戸籍制度や家族に関する考えにおいて、劇的な変化を遂げるのか否か。乞うご期待。やれやれ。
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