「野溝七生子というひと」は、矢川が野溝にむけて送る書簡形式で書かれています。
編まれたのは野溝の死後ですから、そういう意味では創作物の意味合いが強く、中に書かれている野溝の思い出も、本人があまり多くを語るひとではなかったせいか、憶測もかなり混じっています。資料の裏づけは乏しいのでむしろ小説として読んだほうが○かもしれない。
矢川と野溝は親戚関係で、子供の頃からの家族付き合いを通して知り合っていったようです。そういった背景からか、褒めちぎり系?の文章ではなく、矢川自身が野溝との交流の中で感じたことを赤裸々に描いており、野溝が個人的に書いていたノートまで出してきてしまったり、かなり容赦ない描写もあります。けれど、それが興味本位のゴシップに落ちないのは、それだけ矢川は野溝に対して非常に強い思い入れを抱いていたということなのだろうなと感じます。
興味深いのは、その中で矢川がときおりすでに別れた夫であった澁澤の死をにおわせる文章が折り込まれていること。
野溝との思い出の中にはきっとそこここに澁澤の姿も混じるのでしょう。
以前書いた矢川の「アナイス・ニンの少女時代」とも重なるのですが、矢川はもう一冊のアナイスに関する著書「父の娘たち」の中でも、野溝を「反少女」(老齢になって少女の心で過ごす女性たち)のひとりとして記述しています。なんとなく矢川自身と重なる部分が本当に多い人であったんだろうなと思えます。
野溝はなくなるまでの四半世紀をホテル暮しで過ごしています。時代と女性ということを考えるとかなり破格な人であったのではないでしょうか。そういう野溝を矢川はあくまで親しみをこめて描き、あの世の野溝と対話するように彼女を描き出している。
「野溝七生子というひと」は矢川の精神世界を作り上げた人々の一人である野溝を自分の内側に取り込んで描いた書簡文学と考えて読みました。
yagawa_nomizo
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