あなたが名前をつけたそれ。
あたしはそれを、とてもとても大事にしていて、けれど名前をつけるとそれは逃げ出すのです。
目を合わせると、存在に気付くと、それはすぐに姿を消してしまう。
だから野生のそれを、名の無いままに、躾けないままに、放置しているのです。
けっして姿を見ないように、目を合わせないように、心の中だけで放し飼いにしているのです。
そうしてときどきそっと、小さな骨付き肉を、あたしのにおいがつかないよう細心の注意を払って原っぱにおいておきます。
けれどあなたが名前をつけたそれは、ほら、もう逃げ出して遠くまでいってしまった。
もうあなたには追いつけません。
あたしにも探せません。
二度と戻ってはこないことに、あなたは一生気付かないでしょう。
あたしはまた、ぐっと息を殺して生まれてくるのを待ちます。
あたしが名前をつけないそれを。
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