ユリイカの「人形愛」特集が思ったより、いや全然面白くなくてがっかり。
唯一印象に残ったのは今野裕一と天野昌直の対談にあった、ベルメール世代とポストベルメール。ことばは違ったけど、つまりはベルメールに大きな影響を受けた世代と、それを知ってはいても無関係に創作している世代の違い。私の言葉でいえばシモン系と可淡系。前者はヒトガタという具象の可能性を模索し、後者はヒトガタに自らの傷を塗りこめる。乱暴すぎる分類ではあるし、自分がそこに当てはめられたら猛反発するだろうけど、確かに今の多くの球体関節人形は、ベルメールという他者を必要とせず、最も近い自身に深く深く埋没してゆく。客観性を排除した主観のみのものが多い。
無論精神性とはまた別の部分で創作を繰り広げている作家も別にいて、そういう作家に対しては分類自体が無意味であることは間違いないけれど。
ユリイカの特集がつまらなかったのは、つまりはそういった二極性を中途半端に意識しながらも突き詰めもせず漫然とインタビューを並べてしまったせいもあるだろう。澁澤の名前もベルメールもただの記号として並べ、明らかにそういった係累から外れる恋月姫を確信犯的に中心に据えながらも、対談相手が金原ひとみでは人形語りに役者があまりにしょぼすぎて、創作談義にさえならない。
ユリイカだからもう少しなんとかなってるんじゃあと期待したけど、人形ムックにもなりきれない中途半端な雑誌のプライドだけが先走りにがっかり。
図書館でロダンの伝記を借りてきて読んでいる。初版が1960年代というこの本は、どこでみていたの?というように細かな日常の出来事と社会背景が微妙に入り交じっていてとても面白い。ロダンの子供時代の狂ったようなお絵描き熱がリアル。
今の時代ならおそらくもっとフィクションとドキュメントの境を明確に描くだろう。その境の明確さが実は一番人の判断力を鈍らせるのだけれど。
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